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キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

隣の部屋の音

東京のはずれにある、築25年のワンルームマンション。
2階の一番奥――そこが、俺の部屋だ。

駅からは遠いが、家賃が安いし、何より「静か」なのが気に入っていた。
隣の部屋にも人は住んでいるらしいが、ほとんど顔を見たことがない。

ある日、会社から帰ってシャワーを浴びていたとき、
壁の向こうから「コツ、コツ」と、乾いたノック音のような音が聞こえた。

最初は水道管の音かと思ったが、
妙にリズミカルで、しばらく続いたあとピタッと止まる。

気にしないようにして、その日は寝た。

翌日も、その翌日も――
夜11時ごろになると、隣から「コツ、コツ」という音が聞こえる。

1分ほど続いて、止まる。
また5分後に、少し場所を変えたような位置から「コツ、コツ」。

妙なのは、それが床から壁、そして天井へと、
まるで内側から“どこかへ抜けようとしてる”ように響くことだった。

俺はスマホで録音を試みたが、マイクには微かにしか残らない。
騒音というほどではない。
けれど、それが逆に不気味だった。

■■

土曜の朝、意を決して管理人に聞いてみた。

「隣、どんな人が住んでるんですか?」

「ん? 隣? ……ああ、たしか学生さんだったかな。男の子。
でも、もう半年くらい家賃の動きがないし、連絡もつかなくなっててね。
親御さんがいったん荷物を取りに来たって話だったけど……それも、結局中止になってね」

俺は苦笑してごまかしたが、
「今、隣に誰もいない」って話が、妙に引っかかった。

その夜も、11時ちょうどに「コツ、コツ」と音が鳴った。

目を閉じて耳を澄ますと、音の間に微かな「声」のようなものが混じっていた。
低く、くぐもったような、言葉にすらならない囁き。

――こっちを見てる
――開けて
――出して

そんな意味を持ってるように、思えた。

■■■

それから数日、音は続いた。
どんどん“近づいてきてる”気がした。
最初は壁の向こうだったのが、今は自分の部屋のどこかで鳴っているように聞こえるのだ。

最初の1週間は、気のせいだと思った。
けれど、ある晩、ついに「コツ、コツ」がベッドの下から聞こえてきた。

その夜、俺は金縛りに遭った。

体が動かず、目だけがうっすらと開いている。
天井の照明の下、何かが――“人の顔のようなもの”が浮かんでいた。
血色のない肌、濡れたような黒い髪、目は――空っぽだった。

けれど、それが俺をじっと見ていたのだけは、はっきりとわかった。

「……あけて」
「……でたいの」

掠れた声が、耳の中に直接流れ込んできた。

「……ずっと、ここにいたくないの……」

声は、まぎれもなく“女の声”だった。

■■■■

朝になって、俺は部屋を飛び出した。
管理人に再度話をしたが、まともに取り合ってもらえなかった。

どうしても我慢できず、俺は隣の部屋のドアの前に立った。
玄関ポストにはチラシが詰まり、扉の前には埃のたまった傘が転がっていた。

一瞬迷ったが、ドアノブをそっと回すと――鍵は、開いていた。

中に足を踏み入れると、酸っぱいような、カビのような匂いが鼻を突いた。

家具はほとんどない。
布団だけが、畳の上に乱雑に敷かれていた。

その横、壁際の押し入れのふすまに、
――小さな手形が、いくつも、いくつも重なっていた。

白い、乾いたような、しかし今押されたかのように生々しい手形。
小さなもの、大人くらいのもの。
中には、指の数が多いものもあった。

一歩引きかけたとき、ふすまの中から、「コツ、コツ」と音が鳴った。

俺はもう、それ以上踏み込めなかった。

そのまま部屋を出て、扉を閉めた。

その音が、扉の奥でピタリと止まった。

■■■■■

翌週、俺は引っ越した。
仕事にも事情を話して、都内から離れた場所に移った。

数ヶ月たったある日、深夜2時。
静かな新居の寝室で――壁の向こうから、「コツ、コツ」と音がした。

俺は起き上がり、耳を澄ます。

それは間違いなく、“あの音”だった。

そして、壁の下の方から、低く囁くような声が聞こえた。

「……あけて」
「……みつけた」



 


【了】


いかがでしたか?
この話は“どこまでが音の正体だったのか”は明示していません。
でも、“確かに存在するもの”って、案外そういう形で近づいてくるのかもしれません。

感想や「もっとこういう怖さがいい」みたいな希望もあれば、ぜひ聞かせてください。
また、夏の間にもう1〜2本、別の怖い話を書いてもいいかもですね。