こんにちは、貴乃律子どすえ。
今年の夏も、もうじき終わりが近づいてきましたなぁ。せやけど、蝉の声はまだ空に響いとるし、陽射しもなお強うございます。皆さん、お身体の調子はどうどすか?
さて今回のブログでは、「夏の別れと再会」というテーマで、お話させていただこうと思います。ええ、少しセンチメンタルな内容になりますけど、それもまた季節の移ろいがくれる贈り物やと思うて、どうぞお付き合いくださいませ。
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夏という季節は、不思議なもんどすなぁ。始まった時にはあれもしたい、これもせなあかんと、夢や希望に満ちておりますのに、終わりが近づくにつれて、なんや胸の奥がじんわりと寂しゅうなる。
子どもの頃の夏休みの記憶、好きな人と過ごした短い時間、花火大会のにぎやかさ、夕暮れの帰り道で聞いた風鈴の音。どれもこれも、過ぎ去ったあとにふと思い出しては、心をそっと揺らすんですな。
そんな中で、わたしがよう思い出すんは、あるひと夏の出来事どす。
それはまだ、わたしが京都で喫茶店を営んでおりましたころ、ある青年がふらりと店を訪れはったんどす。その人は、どこか影のある顔をしながらも、暑さにバテていたのか、アイスコーヒーを一気に飲み干して「生き返るようや」と呟かはった。
それが、律子の夏の再会の始まりやったんです。
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その青年は、かつてこの町に住んではったそうで、昔、家族でよく通ってた喫茶店が、実はうちのお店やったらしいんどす。
「まさかまだ残ってるとは思わへんかった」と彼は言い、懐かしそうに店内を見回しながら、いろんな話をしてくれはった。
子どものころの記憶、家族との別れ、東京での暮らしのこと。話しながら、時折遠くを見つめるその目が、ちょっと泣きそうに見えたんは気のせいやなかったと思います。
せやけど、その日から、彼は何度か店に通うようになり、わたしもお店を通じて、彼の心の奥にあるものに少しずつ触れさせてもろた気がします。
そして、夏の終わり。蝉の声が遠のきはじめたある日、彼は「来年も、また来ます」と言い残して、店を後にしはった。
それから数年、ほんまに彼は毎年のように夏の終わりにふらりと店を訪れてくれはって、わたしもそれを楽しみにしとりました。彼が来ると、「ああ、今年も夏が終わるんやなぁ」と思えて、どこかほっとするんどす。
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別れは寂しいものです。 でも、それがあるからこそ、再会の喜びもまた深うなるんどすな。
季節が変わることに、時の流れを感じ、そしてそれでも変わらず戻ってきてくれるものがある。 人も、思い出も、心の奥底に根を下ろして、また夏が来るたびに芽を出してくれる。そんなふうに思えることが、生きていく上での小さな灯りになるんやと思うてます。
どうか皆さんにも、大切な思い出との再会がありますように。
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さて、今夜も暑さが少し和らぎましたら、窓を開けて夜風を感じながら、冷たいお茶でも飲んでゆっくりお休みくださいませ。
ほんまに、暑い日が続きますさかい、どうぞお身体たいせつに。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
貴乃律子より、心を込めて。