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キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

チェーン

終電ひとつ前。
コンビニで牛乳とパンを買って、いつものようにアパートの階段を上がった。二階の一番奥、ドアの上には薄い蛍光灯。湿った夏の空気がまだ残っている。

鍵を差し込み、回す。
いつもの重い音のあと、ドアを押したら――十センチほどで止まった。

チェーンがかかっていた。

「あれ」

思わず声が出た。
朝は遅刻しそうで飛び出したけど、チェーンまでかけた覚えはない。というか、かけたままじゃ、ドアは閉まらないはずだ。

とりあえず隙間から手を伸ばして外そうとしてみる。届かない。
買い物袋が邪魔で、肩が軋む。鍵を抜き、袋を床に置こうとして、やめた。廊下の床はなんとなく埃っぽい。

一度階段を降り、エントランスで袋を足元に置いて管理会社に電話をかける。コールが鳴るだけで誰も出ない。
「明日の朝にでももう一回でいいか」と勝手に結論を出して、二階に戻った。

今度は、普通に開いた。
さっきの固さが嘘みたいに、軽く。

「……角度?」

自分で言って、ちょっと笑ってしまう。
浅いため息をつきながら、ドアを閉めた。内側のチェーンは、金具に引っかかっておらず、ぶら下がっている。さっきの手応えは、なんだったんだろう。

玄関灯をつける。鼻に、薄く湿った匂いが入ってきた。換気扇の音はしない。
靴を脱ぎ、鍵をいつもの小皿に置く。牛乳を冷蔵庫にしまおうとして、ふと止まった。

テーブルの上に、電気料金の払込票が置いてあった。
四つに折って輪ゴムをかけた、いつものやり方で。

「…?」

払込票は、朝、玄関ドアの内側の郵便口から差し込まれたばかりで、床の上に半分落ちた状態で出かけたはずだ。帰りに持っていきやすいように、あえてそのままにしていた。
テーブルに置いた覚えはない。

自分で置いたのかもしれない。
そう思い直して、牛乳を冷蔵庫へ。扉を開けると、冷気が白くこぼれた。ドアポケットのペットボトルが一本、ラベルの向きが揃って立っている。几帳面な自分でも、こんなふうに“ラベルを正面”に揃えたりはしない。

気にしすぎだ、と頭を振る。
テレビをつけて、ニュースの音を流しながらシャワーに入った。

脱衣所のバスマットが冷たい。
浴室の鏡には細かい水滴が散っていて、照明の円がいくつも歪んで映っている。
タオルは乾いている。たぶん、気のせい。

湯を浴びている間、玄関の方で何かがわずかに鳴った気がした。風かもしれない。
シャワーを止めて耳を澄ます。何も聞こえない。

髪を拭き、部屋に戻る。
テレビは天気予報に切り替わって、明日は午後から雨だと言っていた。テーブルの上の払込票が視界の端に入る。輪ゴムの結び目が、自分のやり方と違うことにその時気づいた。
いつもは一回ひねってからかける。今のは、ただの二重。

喉が渇いて、冷蔵庫から水を取り出す。キャップをひねると、軽い音がした。新品の音。
買った覚えはない。けれど、先週まとめ買いした気もする。そういうふうに、思い込む。

寝る前、玄関のチェーンをかけた。さっきのことがあるから、念のためだ。金具を滑らせると、かすかに金属同士の擦れる音がした。

ベッドに潜りこみ、スマホの充電ケーブルを探す。枕元の定位置にない。
床に落としたかなと手を伸ばした瞬間、指先に別のものが触れた。細い、輪っか。
拾い上げると、輪の大きなキーリングだった。見たことのない飾りのついた、赤い革のタグ。

胸がうるさくなる。
息を吐いて、リビングに戻る。テレビは消していない。リモコンはテーブルの隅。払込票の横に、赤いタグを静かに置いた。

――そのとき、玄関のチェーンが、小さく揺れた。

金具が触れ合う、ほんの短い音。風はない。窓も閉めている。
息を止める。音はそれっきりだった。

眠れない夜を、どうにかやり過ごした。
朝になって、外の郵便受けをのぞくと、投函物はチラシだけ。階段を降りながら、ふと自分の部屋の前を振り返る。ドアの足元に、うっすらと白い粉のようなものが落ちていた。指で触ると、さらりとした木屑。ネジ穴の近くから、ほんの少しだけこぼれたように見える。

会社に向かう途中、コンビニで電気料金を支払った。
輪ゴムはポケットから、無意識に取り出して捨てた。赤い革のタグは、袋ごと封をして引き出しの奥に入れた。鍵屋に電話をしようと思っていたのに、昼には忙しさに紛れて、そのまま忘れてしまった。

夜。
いつものように階段を上がる。ドアは鍵一つで開いた。ダブルロックのもう片方は、朝、自分で閉めたはずだ。

部屋に入ると、冷蔵庫が低く唸っている。テーブルの上には何もない。
テレビをつける前に、玄関のチェーンを何気なく見た。金具は少し内側に傾いている。昨日まで、まっすぐだった気がする。

靴を脱いでいると、ドアのポストが、かすかに鳴った。
反射的に顔を上げる。
……何も入ってこない。ポスト口を指で押してみると、内側から押し返されるような手応えが一瞬だけあった。気のせいかもしれない。

その夜、ベッドに入って照明を落としたあと、寝室の扉の隙間から、玄関の方に向けて薄い光が伸びていた。
冷蔵庫のランプじゃない。廊下の蛍光灯でもない。
それは、低く、ゆっくりと動いている。壁沿いに、床をなめるように。

しばらくして消えた。
代わりに、微かな金属音。何に触れたのか、もう分かる。

翌朝、家を出る前にチェーンをかけ、扉を閉めた。
出勤中、ふと振り返ると、二階の廊下に人影はない。蛍光灯は消えていて、薄暗い。

会社についてスマホを見ると、昨夜の歩数が少しだけ多かった。
寝る前にそんなに歩いたかな、と履歴をスクロールする。
午前一時――**「室内」**の移動が、二十数歩ぶん、記録されていた。