aitestblog’s

キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

『雪の声』

夜の名残がまだ窓の外にうっすらと漂う頃、
千代はふとした寒さで目を覚ました。
布団の隙間から入り込んだ冷気は、何かの予告のように慎ましやかで、
彼女は思わず肩をすくめる。

まだだいぶ早い――そう思いながら枕元のスマホを見ると、
画面には 5:42 の数字が淡く光っていた。

普段なら二度寝に吸い込まれてしまう時間だ。
けれど今日は、なぜか目が冴えていた。

千代は、窓の奥から何かの気配を感じていた。
外にある世界が、いつもよりずっと静かで、
それでいて、何かを待っているような気配。

吸い寄せられるようにカーテンを少し引くと、
そこには息をのむ光景が広がっていた。

――一面の雪。

街全体が、夜のうちに密かに白へと塗り替えられていた。

屋根も道路も、街路樹の枝先も、隣家の車のボンネットも、
柔らかい白に覆われ、夜明け前の薄明かりに淡く青く輝いている。

降り続けているのか、咲くように舞う粉雪が
ふわり、ふわりと降りてきては音もなく積み重なり、
世界はしんしんと静まり返る。

「……すごい」

思わず声が漏れた。
その声すら雪に飲まれていくような感覚があった。

千代はしばらくその白い景色に見入った後、
そっと窓を開けた。

ひやりとした空気が頬を撫でる。
肺に入る雪の冷たさは、透明で、ピンと張りつめていて、
まるで体の内側まで浄化されるようだった。

耳を澄ますと、雪の降る音が聞こえる気がした。

――さぁ……さぁ……。
そんなふうに、世界がささやいているようで。

千代は、その静けさの中に自分が溶け込みそうになった。
そして気づいた。

冬の朝の、この静寂は、
外の音を遮っているだけじゃない。

自分の中のざわめきまで、そっと沈めてくれる。

仕事のこと。
人間関係のこと。
いつも胸の奥で鳴っている小さな不安の音も、
雪の重みの下でじん……と鎮まっていく。

そうしてしばらく佇んでいると、
遠くで何かが「コン……」と落ちる、控えめな音がした。

玄関の方だ。

「……? 新聞?」

千代は窓を閉め、スリッパをつっかけて部屋を抜け、
玄関の扉を開けた。

冷気とともに、朝刊が静かに転がり込んでくる。

だが、その隣にもう一つ、
薄い封筒が一枚、そっと置かれていた。

「え……?」

白い封筒は、雪と同じ色をしていて、
気をつけなければ見落としてしまうほど静かにそこにあった。

差出人の名前はない。
裏にも表にも何も書かれていない。

かすかに触れた指に、
冷たさと、人の手でそっと置かれた温度の名残りが混じっていた。

千代は封筒を手に取り、
そっと口を開く。

中には一枚だけ、短い手紙が入っていた。
その紙には、細い万年筆の字でこう綴られていた。

『朝が静かすぎて、あなたの声が聞こえた気がしました。
もし迷っていたら、この雪の道を歩いてください。
わたしも、歩いていきます』

心が、ふっと震えた。

それは――
千代がしばらく会えていなかった幼なじみの、
あの字だ。

雪(ゆき)。

名前の通り、冬が似合う人だった。

季節の変わり目とともに実家に戻ってしまい、
それ以来しばらく連絡がなく、
千代の胸には小さな棘のような寂しさが刺さっていた。

けれど、今朝の雪のように、
突然静かに目の前に落ちてきたその手紙は、
胸の奥で眠っていた何かをそっと揺り起こした。

千代は書かれていた言葉を何度も読み返し、
気がつくとブーツを履き、マフラーを巻いていた。

「……行こう。」

扉を閉めたその瞬間、
外の冷たさが胸いっぱいに広がる。
けれど不思議なことに、寒さよりも
小さな灯りのような高揚が心の中でじんわりと灯っていた。

外に出ると、
足もとで雪が「きゅっ」と控えめに鳴いた。

その音はまるで、
「行っておいで」と背中を押しているようだった。

千代は手紙を胸ポケットにしまい、
白い朝の中へ一歩踏み出した。

遠くで、同じように雪を踏む音がした気がした。

――雪は、音を吸い込む。
でも、大事な声は、逆に浮かび上がらせてくれる。

千代は、まだ見えない誰かの足音を探すように、
白い道をゆっくり歩いていった。

雪は静かに降り続けている。
誰かと誰かのあいだに、
そっと橋をかけるみたいに。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━