目が覚めたのは、時計のアラームよりもずっと前だった。
窓の外が、いつもと違う色をしている気がして。
スマホを見ると、時刻は六時少し前。
元日の朝にしては、あまりにも静かだ。
カーテンを少しだけ開けると、街は薄い灰色の光に包まれていた。
夜と朝の境目。
まだ誰の生活音も動き出していない時間。
道路には車の気配もなく、
遠くのマンションのベランダに、ぽつりと干された洗濯物だけが見える。
風もほとんどなく、世界が一度、呼吸を止めているみたいだった。
湯を沸かして、マグカップを両手で包む。
白い湯気が立ちのぼって、すぐに消える。
――もう、新しい年なんだ。
そう思っても、実感はまだ追いつかない。
昨日と何も変わらない部屋。
同じ床、同じ机、同じカレンダー。
ただ、窓の外だけが少し違う。
ふと気づくと、道の向こうに人影があった。
こんな時間に、誰だろう。
コートを着た誰かが、ゆっくり歩いている。
足取りは急がず、目的地もないような歩き方。
その人は途中で立ち止まり、空を見上げた。
そして、不思議なことに――
手を伸ばした。
まるで、何かを確かめるように。
次の瞬間、空から小さな白いものが舞い落ちた。
一つ、二つ。
雪だ。
音もなく、軽く、
元日の朝にふさわしいほど控えめな雪。
人影は、少しだけ笑ったように見えた。
そして、そのまま角を曲がって消えてしまう。
カップを持つ手が、ほんのり温かい。
窓を開けると、冷たい空気が頬をなでた。
雪は、もう止みかけていた。
道路に積もるほどでもなく、
ただ「ここに降った」と分かる程度の名残を残して。
それでも、街の空気は少しだけ変わった気がした。
昨日までの続きではなく、
ちゃんと“今日から”になった感じ。
カレンダーをめくる。
一月一日。
その日付を見て、ようやく思う。
――まだ何も始まっていない。
だからこそ、何にでもなれる。
さっきの人影のことを考える。
本当に誰かいたのか、
それとも、元日の朝が見せた気まぐれだったのか。
答えは分からない。
でも、分からないままでいい気がした。
マグカップの中身を飲み干し、
コートに袖を通す。
外に出ると、空気はきんと冷たい。
足元に、溶けかけた雪の跡が残っていた。
誰かが確かに歩いた痕跡。
そして、すぐに消えてしまう痕跡。
それを見て、少しだけ背筋を伸ばす。
今年も、きっと色々ある。
良いことも、そうでないことも。
でも、今はまだ始まりの前だ。
世界は静かで、まっさらで、
少しだけ優しい。
そう思いながら、
最初の一歩を踏み出した。
