こんにちは、りつこです。
「合格発表」って聞くと、
ガッツポーズとか、飛び跳ねるとか、
そういうイメージがまず浮かぶ人、多いと思います。
テレビでも漫画でも、だいたいそう描かれますもんね。
でも実際にその場に立った人の話を聞くと、
いちばん最初に出てくる言葉って、案外こういうのが多いんです。
「……終わった、って感じでした」
「うれしいより先に、力抜けました」
「安心のほうが大きかったかも」
これ、めちゃくちゃ自然な反応やと思います。
喜びより先に来る「ほどける感じ」
受験って、結果が出るその瞬間だけが勝負ちゃうんですよね。
その前に、
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何ヶ月も続いた勉強
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間違えた問題への後悔
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「これで大丈夫なんかな」って不安
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周りと比べてしまう気持ち
そういうもん全部を、ずーっと抱えたまま過ごしてきてはる。
せやから結果見た瞬間って、
「やった!」よりも先に、
「あ、もう抱えんでええんや」
って、身体のほうが理解するんやと思うんです。
喜びは、ちょっと遅れてくる。
安堵が先、嬉しさはあと。
これ、心の仕組みとしてもすごくきれいな流れやと思います。
派手じゃない感情ほど、あとから残る
面白いのが、
ガッツポーズした瞬間の記憶よりも、
そういう「静かな場面」のほうが、
ずっと後まで鮮明に残ってたりするんですよね。
感情って、強さだけやなくて、
身体と一緒に記憶されたかどうかで残り方が変わるんやと思います。
だから、
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肩の力が抜けた瞬間
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ふっと息吐いたとき
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何も言葉出てこなかった時間
こういうのって、実はめちゃくちゃ大事な心の場面なんです。
「結果」より「ここまで来た事実」
合格って、もちろん嬉しい出来事やけど、
それ以上に大事なんはこれやと思います。
「ここまで来た」という事実そのもの
受かっても、落ちても、
そこまで積み重ねた時間は消えへん。
でも人って、どうしても
結果の一瞬だけで全部評価してしまいがちですよね。
せやけど本当は、
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途中で投げ出さんかったこと
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迷いながらも続けたこと
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不安抱えたままでも机に向かったこと
このへん全部が、もう充分「合格ライン」超えてるんやと思います。
おわりに
合格発表の日って、
人生の中でもかなり「音の少ないイベント」です。
拍手もファンファーレもない。
でも心の中では、ずっと鳴り続けてた緊張の音が止まる日。
その静けさの中で感じる、
「ああ、ここまで来たんやな」
っていう感覚。
それがいちばん大きなご褒美なんかもしれません。
派手に喜べへんかったとしても、
それ、全然おかしないです。
むしろそれだけ真剣やった証拠やと思いますよ。
今日は、もう十分やった。
ほんまに、お疲れさまでした🌱