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キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

バッグの中で、心臓が鳴っている

 二月十三日の夜は、いつもより少しだけ静かだった。
 窓の外で風が鳴っているのに、部屋の中は驚くほど音がない。

 机の上には、きれいに包まれた小さな箱。
 赤でもピンクでもない、落ち着いた色の包装紙。
 リボンは何度も結び直して、少し歪んでいる。

 ——これ、渡すんだよね。

 心の中でそう言うたびに、胸の奥がぎゅっと縮む。
 作っているときは、あんなに楽しかったのに。
 溶かして、混ぜて、少し味見して。
 その時間は、全部“好き”で満ちていた。

 でも、完成してしまうと別だ。

 渡したら、
 今までと同じ距離ではいられなくなるかもしれない。
 笑って話すだけの関係が、壊れるかもしれない。

 それでも——
 バッグに入れてしまった。

 ファスナーを閉める音が、やけに大きく響く。
 まるで、中で何かが動いたみたいに。

 翌朝、空気は冷たかった。
 コートの中にマフラーを巻いても、首元が少し心許ない。

 駅までの道を歩きながら、
 彼女は何度もバッグの中を意識していた。

 歩くたびに、
 小さな箱が、確かにそこにあることを主張する。

 ——心臓、もう一個あるみたい。

 そう思って、ひとりで苦笑する。

 改札を抜けると、彼がいた。
 いつもと同じ場所。
 スマホを見ながら、少しだけ猫背。

 それだけで、胸が跳ねる。

「おはよう」

 声をかけると、
 彼は顔を上げて、少し驚いたように笑った。

「おはよう。早いね」

 その“いつも通り”が、今日はやけに眩しい。

 一緒に歩き出す。
 並んだ肩と肩の距離が、ほんの少しだけ近い気がする。

 信号待ちで立ち止まったとき、
 彼がふいに言った。

「今日、寒いね」

「うん……でも、もうすぐ春だよ」

 自分でも、何を言っているのか分からなかった。
 ただ、今この瞬間を、引き延ばしたかった。

 青に変わる。
 歩き出す。

 角を曲がったところで、
 いつもは別れる場所に差しかかった。

 心臓が、耳の裏で鳴る。

 ——今だ。

「あの」

 声が、少しだけ震えた。

 彼が立ち止まって、振り返る。

「なに?」

 バッグに手を入れる。
 指先が、包装紙に触れる。

 一瞬、迷った。
 本当に、一瞬だけ。

 でも、次の瞬間には、箱を差し出していた。

「……これ。明日、バレンタインだから」

 彼は、目を丸くする。
 それから、ゆっくりと笑った。

「俺に?」

「……うん」

 受け取る手が、彼女の指先に少し触れる。
 その一瞬で、全部が報われた気がした。

「ありがとう」

 彼は箱を大事そうに持って、
 少し照れたように言った。

「今日一日、これが気になって仕事できないかも」

「え……」

「冗談。でも、嬉しい」

 その一言で、
 胸の奥に溜まっていた緊張が、ふっと溶けた。

 空気は冷たいままなのに、
 体の内側だけが、じんわり熱い。

「……じゃ、また」

 そう言って別れたあと、
 彼女は少しだけ足を止めた。

 バッグの中は、もう軽い。
 でも、心はさっきよりずっと重い。

 それが、嫌じゃなかった。

 二月の朝の光は、まだ冬の色をしている。
 それでも確かに、
 春へ向かう途中だった。