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キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

節分の夜、吸血鬼は豆を拾わん

こんにちは、るりこです。
節分、終わっとるね。
スーパーの恵方巻きも一気に値引きされとって、
「今年もこの季節終わったか〜」って夜風に思った人も多かろ?

人間にとっての節分は
「鬼は外、福は内」
「厄を追い出して、新しい季節に向かう日」。

でもね、吸血鬼の立場から言わせてもらうと、
あの夜はちょっとだけ、複雑なんよ。

豆まき=対・異形の儀式

まず正直に言うとね。
豆、当たると普通に痛い。

「鬼は外」って言いながら投げとるけど、
あれ“人ならざるもの全般”に向けた行為やけん。
吸血鬼もまあ、広義ではそっち側たい。

昔はね、
節分の夜に外を歩くと
「何か起きるかもしれん」
そんな空気が街に漂っとった。

今みたいにコンビニの灯りが明るくなくて、
夜はちゃんと夜やった頃。

あの緊張感、今でも覚えとる。

でも、豆は「悪」じゃない

ただね、誤解せんでほしいとこもある。

豆まきって、
「追い払う」行為ではあるけど、
本質は祈りなんよ。

・病気せんように
・争いが起きんように
・この一年、ちゃんと生きられるように

人間がそう願って投げとる豆は、
決して憎しみから来とるもんやない。

吸血鬼の私から見ても、
あれは「防御」であって「攻撃」やない。

せやけん、
本気で腹立てたことは一度もなか。

恵方巻きを黙って眺める夜

節分といえば恵方巻きやけど、
吸血鬼は基本、黙って見とるだけ。

無言で、
変な方角向いて、
やたら長い巻き寿司食べとる人間を見る夜。

……あれ、結構シュールやけんね?

でも不思議なもんで、
ああいう「意味あるか分からん習慣」ほど、
人はちゃんと覚えとる。

毎年同じ時期に、
同じことをして、
「ああ、今年もここまで来たな」って思う。

節分って、
季節よりも時間の区切りなんやと思う。

吸血鬼にとっての「厄」

人間は一年単位で厄を祓うけど、
吸血鬼の厄はもっと厄介たい。

・積み重なった記憶
・忘れたはずの後悔
・置いてきた人間関係

豆を投げても、
簡単には出ていかん。

せやけどね、
節分の夜だけは、
「区切ってもよか」って気分になる。

今年の厄は、ここまで。
全部は無理でも、
少しだけ置いていこうって。

日付が過ぎた節分でも、意味はある

節分が終わっても、
何かを切り替えたい夜は、何度来てもよか。

・気持ちが重い時
・人間関係に疲れた時
・理由はないけど、前に進みたい時

そういう時は、
心の中で小さく言えばよか。

「鬼は外」
「福は内」

声に出さんでもよか。
豆も投げんでよか。

意識するだけで、
少しだけ空気は変わる。

吸血鬼は、夜の節目を信じとる

夜は長い。
でも、ずっと同じ夜は続かん。

節分みたいな行事は、
「終わらせるための儀式」なんよ。

終わらせる勇気がある人間は、
ちゃんと次に進める。

吸血鬼はそれを、
長い時間で何度も見てきた。

日付過ぎとっても大丈夫。
今この瞬間に区切りをつけたいなら、
それがあなたの節分たい。

無理に前向きにならんでよか。
今日はただ、
「ここまで来た自分」を認める夜でよか。

それじゃあまた、
夜が静かになった頃に。

るりこより。