「うちら、親友だもんね」
その言葉を最初に言ったのは、どっちだったか覚えていない。
でもその瞬間から、私たちは「特別」になった。
昼休みは必ず一緒。
帰り道も並んで歩く。
将来の話だって、何度もした。
「同じ大学行こうね」
「社会人になっても遊ぼうね」
「おばあちゃんになっても友達でいようね」
未来は、ずっと“ふたり”だった。
*
きっかけは、ほんの些細なことだった。
志望校を決める三年の秋。
彼女は、県外の大学を第一志望にした。
「やっぱさ、一回くらい地元出てみたくて」
明るく笑うその顔に、嘘はなかった。
「そっか」
そう返した自分の声が、思っていたよりも平らだった。
本当は、
「なんで?」って聞きたかった。
同じ大学に行くって言ったのに。
一緒にいるって言ったのに。
でも、“親友”だから。
応援するのが正解だと思った。
*
受験が終わった帰り道。
彼女は合格通知を握りしめて、泣いていた。
「受かった……!」
私は、笑った。
「よかったじゃん」
本当に、よかったと思った。
それは嘘じゃない。
でも、胸の奥に、
小さくて鋭い何かが刺さっていた。
それは嫉妬でも、裏切りでもない。
たぶん——
“置いていかれる感覚”。
*
卒業式の日。
写真を撮りながら、彼女が言った。
「絶対、離れても親友だよね?」
その問いは、優しさだった。
でも私は、その言葉が急に重くなった気がした。
“親友”って、
距離に勝てるのかな。
時間に勝てるのかな。
知らない街で、新しい友達ができて、
新しい景色を見て、
新しい話題が増えて。
そこに私は、どれくらい残れるんだろう。
「……うん」
そう答えながら、私は思った。
もし、
今のうちに少しずつ距離を置けば。
返信を遅らせて、
誘いを一回断って、
思い出話を減らして。
そうやって少しずつ薄めていけば、
離れるとき、痛くないかもしれない。
だから私は、
“君を嫌いになる練習”を始めた。
*
でも、無理だった。
スマホが鳴れば、真っ先に確認してしまう。
彼女の名前を見ただけで、胸が温かくなる。
送られてきた写真の向こうで、
彼女は新しい友達と笑っている。
少しだけ寂しくて、
でもそれ以上に、ほっとする。
楽しそうで、よかった。
それが本音だった。
*
春休みの終わり。
彼女が引っ越す前日、駅で会った。
「なんか実感ないね」
そう言って笑う彼女の目が、少しだけ赤い。
「向こう行ってもさ、ちゃんと連絡するから」
「うん」
「そっちも忘れないでよ?」
私は、首を横に振った。
「忘れられるわけないでしょ」
言ってから、気づく。
ああ、私は。
嫌いになる練習なんて、
一度も本気でできていなかった。
*
電車が来る。
扉が閉まる直前、彼女が叫んだ。
「またね、親友!」
その言葉は、前よりも軽くて、
でもずっと強かった。
私は手を振りながら、思った。
“親友”って、
ずっと隣にいることじゃないのかもしれない。
同じ景色を見続けることでもない。
離れても、
思い出したときにちゃんと笑えること。
それができるなら、
たぶん——終わらない。
君を嫌いになる練習は、やめた。
代わりに、
離れても好きでいる覚悟を、少しだけ覚えた。
春の風が、
思っていたよりもやわらかかった。
