夜の部屋は、やけに静かだった。
机の上には、途中まで書いたレポート。
ノートパソコンの画面は、白いまま止まっている。
カーソルだけが、
一定のリズムで点滅していた。
——書けない。
ため息が、自然に漏れる。
大学に入ってから、何度目だろう。
「やっぱり無理かもしれない」と思う夜。
授業のレベルは高い。
周りはみんな頭が良さそうで、
会話のスピードにもついていけない。
友達はできたけれど、
どこか距離がある。
ふと、机の端に置いたスマホを見る。
画面には、
見慣れた名前のトーク履歴。
「親友」
最後のメッセージは三日前。
――大学どう?
それに対して、私は
――楽しいよ!
そう返していた。
嘘だった。
楽しい瞬間もある。
でも、それ以上に、怖い。
自分だけ場違いなんじゃないかって。
スマホを手に取る。
打っては消して、
打っては消して。
「ちょっとさ」
「なんか最近」
「実は」
全部、送れない。
親友だからこそ、
弱いところを見せたくない。
でも。
指は、気づけば動いていた。
――ちょっとだけ、弱音吐いていい?
送信。
画面に、
小さな「既読」がつくまでの時間が、
やけに長く感じた。
*
数分後。
スマホが震える。
メッセージは、一行だった。
――やっと吐いたね。
思わず、笑ってしまう。
それから、続けて届いた。
――そっちの大学、絶対大変だと思ってた
――でもさ
――あんた昔から、できないって言いながら普通にやるじゃん
――だから大丈夫
――もしダメでもさ
――帰ってきたらラーメン奢るから
――それで元気出しな
画面を見ながら、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
励ましの言葉は、
たくさんあるはずなのに。
どうしてこの人の言葉は、
こんなに簡単に効くんだろう。
私は、短く返す。
――雑じゃない?
すぐ返信が来る。
――親友だからね
その一言で、
なんだか泣きそうになった。
*
レポートの画面を、もう一度見る。
さっきより、少しだけ白が怖くない。
キーボードに手を置く。
打つ。
文章は、まだ拙い。
でも確かに進む。
スマホが、もう一度震える。
――あとさ
――向こうで友達できた?
私は少し考えてから、打つ。
――できた
――でもまだぎこちない
既読。
数秒後。
――じゃあ、その人たちに優しくしてあげな
――昔、私があんたにしてあげたみたいに
思わず笑う。
たしかに、そうだった。
あの日、
教室の端で一人だった私に、
「隣、座っていい?」
そう言ったのは、
この人だった。
窓の外は、もう夜。
遠く離れた街。
でも、スマホの画面の向こうに、
確かに親友がいる。
私はキーボードを打ちながら、
ふと思う。
“親友”って、
隣の席じゃなくてもいいのかもしれない。
既読がつく。
それだけで、
少しだけ強くなれる夜もある。
