aitestblog’s

キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

君からもらった心臓の、返し方がわからない

 あの日もらった箱は、まだ机の上にある。

 リボンはほどいていない。
 中身も、一つしか食べていない。

 もったいない、というより。
 簡単に減らしていいものじゃない気がした。

 ——バレンタイン。

 彼女が差し出してきたときのことを、思い出す。

 少し震えた声。
 目を逸らさなかったこと。
 指先が、ほんの少しだけ触れたこと。

 あれはきっと、
 ただのチョコじゃなかった。

 分かっている。

 分かっているけど。

「……どう返せばいいんだよ」

 呟いて、頭を掻く。

 ホワイトデーが近づくにつれて、
 周りの男子がそわそわし始める。

「お前、返すの決めた?」

「いや、まだ……」

「適当でいいだろ、クッキーとか」

 そういう問題じゃない、と思う。

 あれは“適当”で返していいものじゃない。

 あのとき、彼女がどれだけ勇気を出したのか。
 考えれば考えるほど、軽くできなくなる。

 放課後、ひとりで店に入る。

 甘い匂い。
 整然と並ぶお菓子。

 どれも“正解っぽい顔”をしているのに、
 どれも違う気がする。

 ——これじゃない。

 何度も棚を見て、
 結局、何も買わずに出た。

 帰り道。

 ポケットに手を突っ込んで歩きながら、
 ふと気づく。

 あの日の自分は、
 何を受け取ったんだろう。

 チョコ?

 違う。

 たぶん——

 “好き”っていう形をした勇気。

 それを、
 ただのお菓子で返していいのか。

 足が止まる。

 ため息をひとつ。

「……無理だろ」

 同じ重さで返すなんて。

 でも。

 同じじゃなくてもいいのかもしれない。

 自分なりでいい。

 ちゃんと、向き合えば。

 ホワイトデー当日。

 朝の空気は、少しだけ柔らかい。

 彼女は、いつもの場所にいた。

「おはよう」

「おはよう」

 いつも通りのやり取り。
 でも今日は、少しだけ違う。

 彼は、鞄の中の小さな箱を確かめる。

「……あのさ」

 彼女が、少しだけ緊張した顔をする。

 あの日と、同じ顔。

 今度は、こっちの番だ。

 箱を取り出して、差し出す。

「これ。ホワイトデー」

 彼女は目を丸くする。

「え、いいの?」

「いいのっていうか……その」

 言葉が少し詰まる。

 でも、逃げない。

「ちゃんと返したかったから」

 彼女は、ゆっくりと受け取る。

 今度は、彼の指が彼女に触れる。

 あの日と、逆。

 ほんの一瞬。

 それだけで、十分だった。

「……ありがとう」

 彼女が、小さく笑う。

 その顔を見て、ようやく思う。

 ああ、これでよかったんだ、と。

「中身、たいしたもんじゃないけど」

「ううん、嬉しい」

 少し間があって、彼女が続ける。

「……あのね」

「うん?」

「これで、終わりじゃないよね?」

 一瞬、言葉の意味を考える。

 それから、すぐに分かる。

 彼は、少しだけ笑った。

「終わらせる気ないけど」

 その答えに、彼女の頬が少し赤くなる。

 風が、ふわりと吹く。

 冬の名残が、少しずつほどけていく。

 彼はふと思う。

 あの日もらったものは、
 まだ返しきれていない。

 たぶん、これから少しずつ返していくものだ。

 時間をかけて。

 言葉じゃない形で。

 彼女の隣を歩きながら、
 その距離がほんの少しだけ近くなった気がした。