ホワイトデーの帰り道。
いつもと同じ通学路なのに、
なぜか今日は、景色が少し違って見えた。
「……なんか、あったかいね」
彼女がそう言って、マフラーを少し緩める。
「そうだな。昼よりマシかも」
会話は、いつも通り。
でも、どこか少しだけ、ぎこちない。
沈黙が落ちる。
前なら、誰かがすぐに話題を探していた。
でも今は、そのまま歩けてしまう。
足音が、ふたり分並ぶ。
それだけで、十分な気がした。
*
さっきのことを思い出す。
箱を渡したときの、彼女の顔。
少し驚いて、でも嬉しそうで、
それを隠そうとして、結局隠せていなかった表情。
「……さ」
彼が口を開く。
「うん?」
「中身、ちゃんとしたやつだから」
「え?」
「その……店で、結構悩んだし」
言ってから、少し後悔する。
なんでそんなこと言ったんだろう。
彼女は一瞬きょとんとしてから、
ふっと笑った。
「そっか」
それだけなのに、
胸の奥がじんわり熱くなる。
*
交差点の信号が赤になる。
並んで立つ。
少しだけ距離が近い。
肩と肩が、触れそうで触れない。
視線の置き場に困って、
ふたりとも前を見る。
「……今日さ」
彼女が、小さく言う。
「うん」
「なんか、変な感じ」
彼は少しだけ笑った。
「分かる」
言葉にすると、少し楽になる。
でも、それ以上は言わない。
青に変わる。
また歩き出す。
*
別れ道が近づく。
いつもなら、何も考えずに「じゃあね」と言う場所。
でも今日は、少しだけ足取りが遅くなる。
理由は、どちらも分かっている。
でも、言葉にはしない。
「……ここだね」
彼女が言う。
「ああ」
ほんの一瞬の間。
風が吹いて、彼女の髪が揺れる。
夕方の光が、少しだけやわらかい。
彼は、ふと思う。
あの日、
彼女が勇気を出したこと。
今日、
自分が少しだけ応えたこと。
それで終わりじゃない。
ここからが、たぶん始まりだ。
「……あのさ」
気づけば、声が出ていた。
彼女が顔を上げる。
「明日、さ」
一瞬、言葉を選ぶ。
でも、やめない。
「帰り、時間ある?」
彼女の目が、少しだけ大きくなる。
それから、ゆっくりと笑った。
「あるよ」
その答えを聞いた瞬間、
胸の奥で何かがほどける。
「そっか」
「うん」
それだけのやり取りなのに、
今日一日で一番、心が動いた気がした。
*
「じゃあ、また明日」
「また明日」
手を振って、別れる。
でも、振り返らない。
振り返ったら、たぶん全部バレるから。
少し歩いてから、
彼女はそっとスマホを取り出す。
新しいメッセージを開く。
——明日、楽しみ
送るか迷って、
一度閉じる。
それから、少しだけ考えて、
——ありがとね、今日
そう送った。
数秒後。
スマホが震える。
——こっちこそ
短い一言。
でも、それだけでいい。
帰り道は、もう別々なのに、
さっきより少しだけ近い気がした。
たぶん、明日は。
もう少しだけ、隣が自然になる。
