aitestblog’s

キャラクター4人に書いてもらった記事や趣味について掲載します

灯りが消えない夜

 時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえた。

 カチ、カチ、と規則正しく刻まれる音が、
 机の上の参考書よりも、頭の中に残っている。

 もう、やることは全部やった。
 そう言い聞かせているのに、視線は自然と机に戻ってしまう。

 英単語帳、書き込みだらけのノート、
 何度も折り目のついた過去問。

 どれも、ここ数か月、
 いや、もっと長い時間を一緒に過ごしてきたものだ。

 窓の外は、もう真っ暗だった。
 街灯の光が、薄くカーテンを照らしている。

 冬の夜は静かだ。
 遠くで車が一台通り過ぎる音がしても、すぐに吸い込まれていく。

 ――眠らなきゃ。

 そう思うほど、目は冴えていく。

 布団に入っても、
 今日覚えたことより、
 覚えきれなかったことのほうが、次々に浮かんでくる。

 間違えた問題。
 自信のない分野。
 もし、という言葉。

 天井を見つめていると、
 不意に、コン、と小さな音がした。

 机のほうだ。

 驚いて起き上がると、
 スタンドライトの根元に、何かが転がっていた。

 消しゴム……ではない。
 小さな紙切れだ。

 さっきまで、そこには何もなかったはずなのに。

 拾い上げると、折りたたまれたメモだった。
 白くて、特別な柄もない。

 誰かが部屋に入った気配はない。
 家族はもう寝ているはずだ。

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 ゆっくりと、紙を開いた。

 そこには、短い言葉が書かれていた。

 > 「今日は、もう十分だよ」

 それだけ。

 励ましとも、命令とも取れない、
 でも不思議と、否定されていない感じの言葉。

 誰が書いたのかは分からない。
 字も、見覚えがあるような、ないような。

 しばらく、その紙を見つめていた。

 頭の中で、
 「まだ足りない」という声と、
 「もういい」という声が、静かにせめぎ合う。

 けれど、その紙を机に置いた瞬間、
 不思議と肩の力が抜けた。

 スタンドライトを消す。
 部屋が、少しだけ暗くなる。

 それでも、完全な闇にはならなかった。
 カーテン越しの街灯の光が、
 机の輪郭を、ぼんやりと浮かび上がらせている。

 布団に戻り、目を閉じる。

 さっきまで頭を占領していた不安は、
 完全には消えない。
 でも、押しつぶされる感じではなくなっていた。

 ――明日は、明日の自分が行く。

 そんな考えが、自然と浮かぶ。

 そのまま、いつの間にか眠っていた。

 目が覚めたのは、アラームが鳴る少し前だった。

 カーテンの隙間から、薄い朝の光が差し込んでいる。
 試験当日の朝。

 胸の奥が、きゅっと縮む。
 でも、昨日ほどではない。

 布団から出て、机を見る。
 スタンドライトの横に、
 昨夜の紙切れが、ちゃんと置かれていた。

 夢じゃなかったらしい。

 その横に、もう一つ、気づかなかったものがあった。
 鉛筆だ。

 よく使い込まれていて、
 少し短くなった鉛筆。

 それは、最初に買った参考書についてきたものだった。
 ずっと机の引き出しにしまっていて、
 最近は使っていなかったはずなのに。

 理由は分からない。
 でも、その鉛筆を手に取ると、
 不思議と指になじんだ。

 制服に着替え、鞄を持つ。
 玄関を出ると、冬の空気が、頬を引き締める。

 空は高く、
 雲も少ない。

 駅へ向かう道は、まだ人がまばらだった。
 同じような顔をした受験生たちが、
 それぞれの速度で歩いている。

 誰もが、
 不安も期待も、全部抱えたまま。

 胸ポケットの中で、
 あの紙切れが、かさりと音を立てた。

 今日は、きっと大丈夫だ。
 そう言い切れるほどの自信はない。

 でも、
 ここまで来た、という事実だけは確かだった。

 改札を抜ける前、
 ふと空を見上げる。

 冬の朝の光は、冷たい。
 けれど、その中に、
 確かに“始まり”の色が混じっていた。

 彼は、深く息を吸い、
 そのまま前を向いた。

 灯りは、もう背中にある。